こんにちは.今日の日記です.よろしくおねがいします
睡眠
休日にしちゃあめずらしくカスでした.なんかぽにゃぽにゃしてたら3時回ってしまって,やっぱりスーパーヒーロータイム!!!!!の爆音で目が覚めました.こういう睡眠だと1日が台無しになってしまってかなり残念なので,今日はさっさと寝たいと思います.
くらし
きょうはまじでなんもしてないな.ニチアサみて,あとはからだを横たえてまんがよんだりしたら終わりです.15時くらいにちょっと眠くなってきたので軽い気持ちで目を閉じたら3時間くらい経っててウケましたね.すっげえたくさん夢見たのにぜんぶ忘れたし,メモしとけばよかったです.あと最近まんが読みすぎなのかからだを横たえすぎなのかしらんが首の右側に鈍痛までいかないくらいの違和感があって,縦になってるのはもちろん横になってるのさえけっこうつらい.どうすりゃあいいんだ,あと残ってるの斜めくらいしかないぞ.
アドセンス・プレゼンテ〜ション
さまざまなサービスを無料で展開しようとしたとき,広告表示による収益をメインとするのはいうまでもなく一般的な方法です.好むと好まざるとあらゆる事業の運営には金がかかる以上,ある程度は許容されてしかるべきだろうし,実際現代ではそのようになっています.といっても,ユーザ体験の損失を鑑みた際にどこまで広告を許容していくか線引きはさまざまで,不愉快な(反社会的な・性的な?)内容は表示すべきでないとか,ユーザの望まない,不本意な形でのエンゲージメントは避けるべきだとか,うるせ〜全部載せじゃい,数だしゃいくつか当たるだろ,そのへんのルールに関してはまだまだ議論の途上だし,なんなら広告を提供する側は整備にあんまり興味がなさそうですね.広告ブロックなんかも普及して久しいし,ブロックによる減収分は他のブロックしてないユーザから徴収するようなモデルになってるから関係ないのかな,なんてことも考えましたが,ブロックの影響に関するデータを持ってないし,いまだに YouTube の広告なんかが共通の話題としてけっこうウケてるのを鑑みるにそもそも広告ブロック自体がまだそれほど普及していないのかも.
さて,広告の表示方法というのは付随するコンテンツの内容や種類によって千差万別で,たとえばもっとも普及しているだろう,特定の領域に画像や文字を表示するバナー形式,画面全体を広告が覆うオーバーレイ,他のコンテンツの中に同様の形式で混ぜ込むネイティブ広告など,エンゲージ率やクリック率を上げるための涙ぐましい創意工夫が日夜行われています.この中でもオーバーレイ,特に遅延を伴うフェイント的挙動をそなえたタイプなんかは非常に評判が悪いことで知られています.
その中でも最近すごく増えたなと思う広告スタイルに,フォーカス遷移時の表示というのがあります.何言ってんのかわかんねーと思うので説明すると,たとえばスマートフォンとかでアプリがバックグラウンドからフォアグラウンドに復帰した際にオーバーレイで全画面に表示されるタイプの広告ですね.なんと呼べばいいのかわからないので便宜上うぜー広告とします.特に目新しいものでもないと思いますが,最近すごく目にする機会が増えていて,大きなところだと Amazon Prime ビデオのアプリなんかに採用されています.
個人的にこのうぜー広告というのが発狂するくらいいやで,それが理由でアマプラほとんど見なくなったくらいには嫌悪しています.スキップはできるだろ,とか同一サービス内で提供される商品に関する広告だし別にいいだろ,とかそういうことじゃなくて,とにかくスッと行ってくれ.なんでそんなにいやかというと,とにかく「頼んでないことされる」というのが UI/UX において最悪だと思っているからです.
もうちょっと踏み込んで言えば,いろいろなサービスとむすびついた UI において最も優れているのはユーザがすべてを自身の範疇に留め置けること,あらゆる要素をコントロールできることだと考えていて,実際にはさまざまな制約やサービスの形態上それが許されない(すぐれたサービスであっても存在を周知できなければ意味がない!)をわけですが,それでも可能な限りすべてをユーザの選択に委ねてほしい.この部分のすり合わせが UI 設計における大きな問題になっているというふうに理解しています.どんなにすばらしい機能であっても,頼んでないのに勝手にされる(されなくなる)というのはマジで最悪なのに,これを考慮しないサービスがあんまりに多いように思います.もちろんこれはおれの勝手な意見ではありますが,たとえば PWA におけるプッシュ通知の惨憺たる許諾率のことを考えれば,これがわりと一般的な気持ちであることはお分かりいただけると思います.
とはいえ線引きも難しくて,どこまでが「頼んでない」の範疇なのかというのはすごく微妙な問題です.たとえば完璧な精度を誇るリコメンドがあったとして,それに基づいたおすすめは「頼んでない」ことなのか,とか,じゃあユーザが望んでいるかではなくて,精度自体に問題があるんじゃないかとか,考え出したらキリがありません.ありませんが,少なくともこの観点から考えたとき,上述のうぜー広告というのがどれほどひどいものかはなんとなく伝わるのではないでしょうか.
意識の埒外から不意打ちを受けるというのもすごくいやですね.ことばを選ばずに言えば,人間の意識に対する邪悪なハックという感じがすごくあります.YouTube 動画の冒頭に挿入される広告なんかは(存在に慣れてしまったということも多分にあろうが)存在が予期できるからそういうもんだと受容できなくもない.一方でこのうぜー広告は,アプリを起動したい!という気持ちと実際にインタラクションできるまでの間にさし挟まれてきて,広告を見せられている間にサービスへ向かう意志が急速に弱まってしまう.まあ,実際のところこれだけ多くのサービスで採用されていて,その数が増え続けているということは,とりもなおさず有意に効果がみられるからということではありましょうが,体験という観点ではものすごく損なわれているように思います.
この話にオチはありませんが,このまま狡猾な創意工夫が蔓延していったら,あらゆるサービスがとうてい利用にたえないものになるんじゃないかな,とさえ思ってしまいます.サービスの向こう側にも人間がいて,そのくらしはこういう工夫によって支えられているのだよ,いちユーザであり続ける限り,だれかの飯の種にされることはやむをえないよ,というのはまあそうかもしれませんが,なんとかならんもんですかね.
以上です.いやー,カスみたいな1日だったな.あしたはがんばるぞっ!