こんにちは.今日の日記です.よろしくおねがいします

ねむり

2 時過ぎに寝たらまた 8 時前に目が覚めてしまいました.日曜日だけこうなるのほんとうになんなんでしょう.癖になっているのだとしたらこまったものです.

くらし

妙に早起きしてしまったので,グミみたいなところが取れて以来の懸案であるめがねの新調を達成すべく数年ぶりにめがねやさんへいきました.誰も来ないだろみたいな立地の店の開店直後を狙って行ったおかげでほかにお客さんもおらず,店員さんの圧を感じながら店中のめがね試着できたのがよかったです.しかしやっぱりめがねやさんの鏡・めがね・自分みたいな空間自体はどうしても苦手ですし,なによりめがねって似合う似合わないが正直いまだによくわからなくてけっこうこまります.体型や肌色によっておおまかに目星をつけられる衣服と違いめがねの場合はなにで決まるのかわからないうえ,よくいわれることではありますがレンズの屈折で試着時とは大きく印象が変わるのもマイナスですし,試着したところでレンズにごちゃごちゃと文字がかかれていたりするせいでほんとうになにがなんだかわからない.骨格とかにあわせてこれがいいですよとおすすめしてほしい,というか大都会ならそういうことやってるところ絶対あるだろという確信はあるのですが探すのめんどくさすぎて結局今回も勘で決めました.内なる自称サブカル大学生が大暴れしてジョージ狩崎みたいにブリッジが二重になっている(ツーブリッジとかいうそうですね)くそでかいうえとんでもなく高いやつにしたくてしょうがなかったのですが,これをおれが着用するとほんとうに 20 年前の電気系というか一人称拙者にしないといけない感じになることに気づいてあきらめました.結局ほどほどに軽くて細くて小さくて地味みたいななんもおもしろくないやつにしましたが,どうやら度数がハチャクチャなせいで即日は無理らしくその時点でだいぶ興味が薄れてしまったこともいなめません.また引き取りにいかなきゃいけないのもちょっとだけめんどうです.

そのままながめのおさんぽと洒落込むはずがとにかくさむくてさむくて,おとなしくいつものパンやさんで円盤みたいなチョコカステラ買ったりしつつ帰りました.おひるはベン・トーのことを思いながらどん兵衛食べようと思ったのですが思ったより脂質すごいのでおうちでお蕎麦茹でておそうざいの天ぷら浮かべて食べました.カップのうどんとかそばっていつまでたっても揚げ麺でなかなか食べづらいのがかなしいですね.それこそラーメンなんかはノンフライ麺がいつでも手に入るようになっているし,この流れが他の麺類にも波及しないものでしょうか.

お昼食べてからは昨日やりのこしていたフルパワーおそうじの続きを終わらせて,絢爛豪華なクリスマス・ディナーに向けた仕込みをすすめつつ,今週を乗り切るためのごはんもつくりました.58 円のあらを使ったぶり大根を仕込むかたわら玉ねぎをいためまくっていたらいため具合を判断するための大事な要素である匂いが完全にぶりの匂いでかき消されてしまってちょっと焦がしてしまい,1 時間かけた割にはこれかいという味になりました.さらにほんとうはケーキ用のスポンジも今日中に焼いてしまうつもりが,だしがらの昆布を煮込んだりかつおをいためまくってダークおかかにしたり鶏団子を練ったりとてんやわんやしているうちにすっかり時間切れです.よく考えたら今年は喪中だし(喪中によってまったく別の宗教行事が影響を受けるというのもそれはそれで変な話ですが),たかが一晩のためにここまで入念でめんどうな準備をする必要がないんじゃないかという事実からはまだ目を背けていようと思います.

すごい

裏ピク最新刊ようやく読みました.なんかもう,あんまりこういう言葉は使いたくないですけど,本当に超人っているんですねというか,そりゃあメディア化までしているような作品がすごくないわけないとはいえここまですべてがおもしろいとちょっとびっくりしてしまいます.ほんとうにおもしろいです.こんなボルゴウで言葉を尽くしたところでなんの意味もないのですが,カンケーセー・SF・怪奇・コメディ・オカルト・ホラー,多様な要素がきわめて巧妙に組み合わさり全貌がつかめそうでつかめない独特な世界を構築していて,それがまた実にインターネットっぽい軽妙洒脱な語り口で滔々と述べられるのだからもうたまらない.怪異の描写についてもこれまでのような組版いじりなどの飛び道具に頼らないぶん純粋な構成の巧みさみたいなのが特に際立っているように思います.一巻から主人公の空魚を惑わしつづけてきた最強のアルファ・フィーメルこと閏間冴月との決着をうたう今作では,ここまで向き合ってきた現象や関係が構造レベルであらためて再定義されていることも見逃せません.決着に際してもこれまでのインターネット・ロアの域にとどまらないさらに普遍的なエピソードを縦横無尽に駆使引用することでこれ以上ない形,まさしく総決算と呼べる解答を提示しており,これをここで引用するのか!というパズルのようなおもしろさでさえ一段で終わらず二段三段にわたって用意されているというすさまじい構成でした.個人的にちょっといやだな〜と思っていた鳥子や小桜の冴月に対する感傷をいっさいシャットアウトする空魚の態度についてもしっかりと言及されていて,その態度が結局のところただの逃げにほかならなかったということを明言した上できちんと決着をつけていたのもやられたと思いました.物語を通じた感情は個人の体験によって決まると思い込んでいたら実のところただ意図された隙や余白に誘い込まれていただけだったことに気づく瞬間はほんとうにたまりません.いわずもがなイラストもいいですね.みなどこか卑屈さや屈折を感じさせるような表情をしているのがいいのはもちろんのこと,今回は構図が決まりすぎててほんとうにすごかったです.クライマックスのシーン,4人が卓を囲んで座る様子を描こうとするときに机面を透過した下からの構図にするという……たまんね〜

ただ,多くの問題から目を背け考えないようにする空魚の態度について文化人類学の教授がゼミ中の対話という形式で指摘するシーン,ここだけ妙にメタっぽくなるというか,作者の主張のようなものが前面に出てくるように感じられたのは個人的にちょっと気になりました.もちろんこの対話の内容自体はしごくもっとも,本作品で登場する裏世界がらみの怪異を既存の枠組みのみでもって(強引ではあるにせよ)解釈するならどうなるか,という点について,自然科学的な視点からは小桜さんというキャラクターでもってすでに言及しているわけですし,じゃあまた別種のアプローチである民俗学や文化人類学からはどのようにとらえるか,という立場をこのあたりで明らかにしておくということがどのような意味を持つかはなんとなく想像できます.またあとがきでも言及されているように作者のひとは元ネタとなったセンセイをほんとうに尊敬しているのでしょうし,怪異や怪談と呼ばれる物語について作家として消費する態度と学術的に分析する態度との間にただしく距離を置こうと努めているのがひしひしと感じられ(かなり強引ではありますがこのあたりを曖昧にしないところになんとなくふたつの立場を選ぶ場面で作家としてのありかたを選んだ作者の葛藤があるのではないかとも邪推してしまいます),その敬意を持った態度自体がかなり好感を持てるものではあります.であればこそなにもややこれまでのキャラクター造形を逸脱するような形で強引に説明してしまう必要もないのでは?という,もっといえばこれってそんな話なの!?みたいな素朴な驚きです.この教授というのがたんにあらたな視座の象徴であるだけでなく,これまで空魚がかたくなに拒んできた語り得ない未知を社会的な常識から規定・解釈するプロセスそのものであり,教授の言葉に耳を貸すことがそのまますなわち社会性を獲得してゆくのに対応しているのかもしれませんが.またこの読みがもし正しいとするならそれはつまり作品全体が空魚を社会につなげるかたちで動いているとも読めなくもないということで,それ自体はけっこううれしいかもしれません.あとは鳥子との関係が健全な形に再定義できるのか,さもなくばふたりの関係に閉じていくのかということでしょうか.

まあそんなおたくの妄言はどうでもよくて,とにかく年末年始は裏ピク一気読みできまりですね.どうにも評判芳しくないっぽいエニメもこの作品のインターネットっぽいところがすごく強調されていてあれはあれでかなりよかった(巨頭オが出てくることに興奮していたひとのつぶやきが忘れられません)とは思いますが,キャラクターデザインから怪異の表現までいくぶんかわかりやすく浅めにエニメナイズされていたことはいなめないというか,原作にはまたまったく別の魅力があることはたしかにそうだと思います.物語を駆動してきた大きな問題のひとつについてはとりあえず今作で決着がついたわけですし,この先どのような展開が待っているのかいまから楽しみで仕方ありません.

以上です.昨日から今日にかけて久しぶりにいろいろなものを見たり聞いたりして,やっぱりどのような作品であれ世に出ているものはどこかかならずすごいところがありますな〜という素朴な感想が一番大きいです.知らないだけで世界はまだまだ未知のすごさにあふれているのでしょうな.おれもはやくお山に……,いや,異なるものに見て見ぬふりをできることこそが,社会の中で生きる惰弱なおれのような人間にとって最強の武器なのでした.狂気の種は芽吹かせないですむにこしたことはないのです.どうもありがとうございました 20211219