あつくたれこめていた雲も午後には晴れてのんびりとおだやかにくらしへはげむことができた一日でした.

昨晩は取り立ててなにかするわけでもなく 2 時を回ってしまったものの,10 時過ぎまでしっかりすやすやすることで自分を取り戻せました.ねがわくば平日でもこのリズムを保つことができれば生存に対するくるしみもいくばくかはましになろうというものでしょうか

起きてからはしっかりとおせんたくして,天気が上向いてきたのでひさしぶりに近所の商店街へおかいものへいきました.いきがけ山椒の鉢植えが売っててギリギリまで悩みましたが,ついこのあいだコリアンダーを枯らしてしまったことを思い出して踏みとどまりました.とりあえずいまある草木をいつくしんで夏を目指したいと思います……が,果たして明日もそう思えているかはわかりかねます.スーパーにははやくも瓶や氷砂糖が陳列されていて,このペースで世界が進んでいくならおれはちょっともう無理かもな,と思いました.おひるは懐石やさんのそぼろ弁当を食べました.よそのそぼろって味付けがびっくりするくらい甘かったりして慄いてしまいます.むしろ彩程度に加えられた魚肉と思しきおぼろがすごくいい香りでおいしかったです.帰ってからはおひるねをはさみつつフルパワーおそうじもして,晩は巨大なお好み焼きでがぼがぼしました.今日はやまいものすりおろしも入っているスペシャルエディションだったのですが,完食後急に中心部微妙に火が通ってなかったのでは不安になってしまいました.いまのところおなかこわしてないので大丈夫と信じたいです

ごはんたべながらおたくたちの間で大評判のまちカドまぞく 2 丁目第 6 話もみました.千代田桜と再会するくだり,おれがだいだいだいすきな無意識領域の中での自分自身との対話を通じた統合と癒しの過程にほかならないじゃん!!!!!はずかしながら原作を読んでいたときはまったく気づけませんでした.ウルトラマンゼットのブルトン回,仮面ライダーゴーストの闘魂ブースト回,あるいはサクラ大戦 TV の帰省して荒鷹打ち直す回なんかもそうだと思いますけど,力尽き心折れたりして戦う理由を見失ってしまったキャラクターが無意識のうちに自らの規範としていた先達(多く父などの姿をとってあらわれる)と対話することで葛藤を昇華しあらたな理由をたずさえて力強く現実に戻っていく過程がほんとうに好きで好きでたまりません.こう書くとまるで行住坐臥を戦の中に置く特別な存在にのみ許された振る舞いであるかのように感じますけど,なんのことはなくわれわれがフィクションに救われたというときに実際見つめているのはフィクションそのものではなくその湖面を通じた自らの姿でありもたらされる救いというのがすなわち自己との対話を通した癒しの結果にほかならないこととなんら変わりないように思います.もっと簡単にいえばみんなが日常の中で自らをいやすために意識するとせざるとやっていることで,しかしその骨子を上手に隠蔽しつつヒーローやまぞくといった寓話の姿に還元するところに巧みさとうつくしさがある.この構造を典型的にしめしている闘魂ブースト回はホントにいいですよね,二度めの死を体験する中で他でもない父自身との対話を通じて与えられた英雄の心を繋ぐという大いなる命題がいつのまにか自らの心をしばりつけ年相応の恐怖や欲求をころしてしまっていたことに気づき和解した瞬間生命の象徴でもある爆炎とともにみんなを救うあらたな英雄としての仮面ライダーゴーストが蘇るという筋書き,鮮やかすぎて思い出すだけで泣きそうになります.ここまで素朴でうつくしい脚本が書けるのに逆になんでそのあとあんななっちゃったんだというのは平成ライダーの謎にカウントしてよいと思います

さらにまちカドまぞくでは自らを縛っていた超自我と和解したあとでもひとりでは現実に戻ることができず,迷うことなく光のアイデンティティを放棄して闇堕ちしてくれた桃と手と手をとり進むことではじめてその先に進めるという物語全体に共通する構造を再演しているのもおもしろいですね.これは決してまぞくが弱く幼いからというだけではなく,彼女たちがめざすなにげないまちカドそのものがひとりで作るものではなく光も闇も統合した先にしかない,ひとりでたたかう孤高の英雄(≒ 千代田桜やシャミ子と出会う以前の桃)では決してすすめなかった領域であることをも示唆しているように思います.ここで否定されている強く気高くしかしそれだけではすべてを救うことができなかった千代田桜の姿はほぼ間違いなく一種の老賢者的側面を帯びているのでしょうが,一方でやさしくほほえみつつも微妙に話を聞いてくれないまま言いたいことだけ言って消えてしまう(そしてそれが呪いのように未来のありかたを縛っていく)姿にはグレートマザーとしてのありかたも強調されている気がしてなりません.であるなら元型に則り死をもって主人公たちを英雄へと導くほかないのかといえばことせいいき桜ヶ丘においてはそんなことはなく,単なる調停者ではなくふたつの属性の垣根を超えてすべてを包み込む闇の女帝が太母の二面性をも受容していくことは想像に難くない.こんなペダンティックで持って回った言い方しなくても,とにかくこの物語が行き着く先にしょうもない悲劇はありえない,みんながちゃんと笑顔になれるのだろうなという確信があって,それだけでもうおれはせいいき桜ヶ丘を吹き抜ける一陣の風になってしまう.余計な話ではありますが,闇の一族の能力が夢を含んだ無意識に侵入できる能力であるというような設定からして作者のひとがユング的無意識観をモチーフのひとつに選んでいることはほぼ間違いないのではないでしょうか.まああんまり門外漢がブンセキの表層だけなぞった真似事ばかりしていても大火傷するだけなのでこれ以上は踏み込み(め)ませんが,読み筋のひとつとしてかなりよくフィットするように思います.そもそもアーキタイプ論自体あまりに指し示す範囲が広範かつ抽象的すぎてなにも言ってないのになにか言ってるように思わせてるだけだろという批判もまあ当たらないこともないかもしれません(だいたいこういうこと言ってるやつが理性と自然科学の盲信者なのもそれはそれでどうかと思いますが).最高のタイミングで 1 期 OP がかかるというネタバレが直撃したおかげでベストコンディションで不意打ちをうけられなかったのだけは残念です.この作品が OP や ED をいいタイミングで流すことをかなり意識しているのは間違いないので,同じノリで最終回に宵加減テトラゴンが流れたりしたらもうそのときはこたえられないかもしれません.

以上です.どうもありがとうございました