週末からの晴天が午後にかけかげってくる中とりあえずでやり過ごした一日でした.
昨晩もけっこうがんばって 0 時には入眠したものの,やっぱりねむりが浅くてすっきりという感じはないまま 9 時前に起きました.早く寝てもその分だけねむりが浅くなるだけな気がしています.
くつうはてんでだめ……というかもはややることがなく,ほどほどにぐったりしながら 5 分で終わるような任務にたっぷり時間をかけてお茶を濁しました.どうやらもうガリガリ魔法陣を描くフェーズは終わって,魔術の構成を見直し安定した動作に向けて知恵をしぼるべき時期にまで来てしまったようです.嵐のようなくつうも過ぎ去ってみればややさみしいものですね……というより,また別の形の(そしてまだ見ぬ)困難がこれから怒涛のように押し寄せてくるのだろうと思うと今からだいぶユウウツです.
ついでのように回線工事もありました.この工事に至るまでにはほんとうにほんとうに最悪の体験が満載で,合意を取ったというテイをつくるためだけにひたすら口頭で契約内容を読み上げられるのを我慢しつつ適切なタイミングで相槌を打たされる最悪の音ゲーみたいな電話を何本もしのぐ間にも SMS からは再三再四工事日程を通知するメッセージが届きまくりポストには毎日似たような内容の封筒やハガキ,さらにダメ押しみたいに工事内容を確認する電話が……矢文でやれ!!!!!!!!こういうのってもうほんとうにほんとうにほんとうにムカつくし,しかもその怒りをぶつける先がまったくないのが輪をかけてムカつく.電話口で怒鳴ったところで電話対応してくれてるひとがゲンナリするだけですし,かといってすべてを操る黒幕の会社(そもそもそんなものがあるのか?それさえもわからない)に致命的な一撃を与える手段さえ思いつかないのが悔しいです.もっとかしこかったらこの怒りも乗りこなせたりするのか?それはともかくどうやら経路はすでに共用部まできていたらしく,作業自体はまったく同じモデムに交換されただけで終わりました.このすったもんだの前後でプロバイダは変わらないという話をしたら工事のひとも首をひねってたのがよかったです.さらにこの工事費はなんらかのボーナスで相殺されるらしい.徹頭徹尾なにも理屈がとおっておらずぜったいになにか損しているのだろうが,とりあえずしれっと回線速度落とされたりはしてなさそうで一安心です.ついでにおさんぽがてら郵便局におかねかえしてにゃんの書類を出しに行き,晩はなんだかアヤシイにおいがしてきたゴーヤーチャンプルーをなんとか完食しました.事務手続きがつつがなくこなせるまぞくになるんだ
そういえばシントラマンにおける製作陣の特撮に対する態度がどうしても理解できなかったのでレビュウ探していたらそれっぽいのがありました:
庵野秀明が突きつける“現実”とは何か 『シン・ウルトラマン』に感じる虚構のカタルシス| Real Sound |リアルサウンド 映画部
ナナメ読みした限りではカントク(今回は脚本ですけど)のひとが特撮に感じている最大の魅力というのは空想が現実に融合する瞬間の特異さそのものにあるのではないかという主旨で,インタビューなどでも明言されているうえ作品を見てもわりと納得感がある指摘ですね.今作においても(今日では技術によって十分排除できる)意図しないわざとらしさをあえて混入させることで虚構と現実を対決させあわよくば主従を逆転させようという手法がいかんなく発揮されているのだとしたら,おれにとってそれがとうてい受け入れがたいものであるというのはもはやしかたない.おれはここでいう「特撮」とよばれる映像技術やその周辺の営みにおいて,納期や予算といった制約の中で積み重ねられた技術と経験によって虚構が現実に完璧に追従しあるいは乗り越えさえする瞬間にこそ魅力を感じています.もっと具体的に言えば,たとえばスーパー戦隊における巨大戦は映像としてまったくスケール感を感じられなくとも時代時代でできることをひたすらに積み重ねてきたことでもはや『巨大戦である』ということをお約束としてわれわれに了承させている点で現実のあり方をも変容させているではないか,これはしかたなく残っていた違和感をあえて現実に注入しておもしろがるような手つきによって達成できる境地なのかね?ということです.まあなにせ相手はおれなんぞよりはるかに長い間それこそ狂うほどに特撮に執着してきた超人たちであるし,その結果がこうして世間的によく受容されはやくも 100 万人を動員するかなりの成功を収めている以上おれの切り口は筋悪というほかないのでしょうな.むしろ意図的な違和感の注入を単なるノスタルジーと致命的に誤読していたわけではないだけマシとさえ言えるかもしれません.実際のところどちらの態度も特撮という映像技術によって生み出された虚構がままならない現実を超越する瞬間を求めているという点では同じであり,違いがあるとすればシントラマンでとられていたのは現実の方を取り込む形で虚構の世界に引きずりこむという方法であるのに対しおれが求めているのはあくまで虚構が虚構として現実に肉薄する瞬間であるという,軸足を現実と虚構どちらに置いているかということだけであるというのはいくらなんでもおこがましすぎるでしょうか.あと結局製作陣どうなっとんねん問題については「カントク独自の作品も見たいものだね」一点で切り抜けていてプロは違うぜと思いました
以上です.どうもありがとうございました