前評判にたがわずよく晴れてぐっと気温もあがりもはや春を通り越して初夏を思わせるほどのあたたかさで、しっかりおでかけもしたのでたのしいながらごくくたびれるおやすみでした。
昨晩はげんきドリンクをだらだら飲んでいたらここしばらくの疲労が吹き出してきたのか椅子で寝落ちしてしまって、そのままげんきかと思いきや世界がぼやけて朦朧とするこれまでにないわやくちゃ具合だったのでさすがにボルゴウはあきらめて1時にはおふとんへはいりました。さいきんは朝書けばよいという逃げ道を見つけてしまったせいでボルゴウを書き溜めるくせができてしまってほんとうによくないですね、毎晩書かないとすぐに忘れてしまうのでどうせ意味がないとしてもなるべくサボらんようにしたいものです。
さすがにこの状態だと寝つきには困らずすぐにねむることができたいっぽうもちろんねむりが深くなるはずもなく3時ごろに目が覚めてしまい、仕方がないので魔法薬を追加してふたたび床へもどりました。こうなるとこんどは起きるのに一苦労、8時過ぎには起きようと思っていたのにちょっとグッタリしていたらあっというまに9時すぎです。先日麻辣湯でひどいめにあってからというもの消化器の調子がみょうによかったのですがここしばらくのあわただしさのためかすっかりもとに戻ってしまいました。
起きてからは身づくろいをして、さぼらないようおそうじもしておきます。といっても掃除機をかけ床を拭きトイレをきれいにするだけの簡易版、ほんとうは台所こそ毎週おそうじしたいのですがなかなかヘビーでどうにもうまく日々の習慣に取り組めません。よく晴れているので部屋干ししていた洗濯物はぜんぶ外に干してみたりもしました。
その後はいちおうコーヒーを入れてはみたものの飲む時間もないままあわただしく家を飛びだし、今日は歌舞伎を見にいきましょう。そういえば行ったことがないなと思っていきおい券をとってはみたもののまったくの予備知識なしで楽しめるのか?ここはドゥルーズも読んでない中流階級笑がくる場所ではありませんよという感じで放り出されないか不安を抱えつつ新橋から浅草線に乗り換えて一駅、東銀座駅の歌舞伎座に到着です。
歌舞伎座はすでに大賑わいで、しかし煩雑なてつづきもなく券を見せたらすぐに入れたのでありがたいかぎりです。特別よい座席でもないので舞台(といってよいものか?こういう用語ひとつとっても知らないことばかりです)はそれなりに遠いものの、目の前が通路なのではばまれるものもなく始終快適に過ごすことができました。
そうしていかにもはじまりそうなブザーのあとに開演、今日の演目は四月大歌舞伎というやつで廓三番叟と裏表先代萩、みなさんはこう言われてはいはいあれねとなるもんなんですか?そもそもこの小さな銀河は廓も読めねーよ、せっかくなのでビラの記載をそのまま転記すると:
「廓三番叟」 華やかな廓の情景を舞台に、三番叟の趣向で春を寿ぐ、洒落た雰囲気が漂う舞踊の一幕
だそうです。でけっきょく廓ってなに!?遊郭てきなことらしい?で三番叟はジャンル名、翁?千歳?そして三番叟が出てくるジャンル!?再帰すんな!!三番叟という舞のジャンルがあって、廓がつくとそれが遊郭風のエッセンスを伴ってアレンジされると理解しましたが合っていますか?こういう前提知識がいっさいなかったので舞っているな〜と思っているうちに終わってしまいました。舞をよく見ると廓遊びを模したりしていたらしく、ちゃんと予習しておけばと口惜しいばかりです。
つづいての裏表先代萩、これはしっかりストーリーもあって知らないなりにけっこうたのしめました。まず先代萩というみちのく(!)のお家騒動をモチーフにした物語があって、このなかでも登場人物のひとりである乳母・政岡に焦点をあてたのが伽羅先代萩、それら「表」の話に下人の物語を「裏」としてからませたより娯楽的趣向の強いものがこの裏表先代萩らしい。というのを調べながら書きました。もちろん先代萩はご存知ですよねという感じで出てくるので面食らいましたが、もう少し前の世代だととうぜんおなじみだったりするのでしょうか。
まったく予習していなかったこともあり正直に言えば初見では物語の半分も理解できておらず、連判状の件とかにいたってはなにをしているかもわからないままいきなりひとが死んだりねずみが出てきたりしてみたいなのはとうぜんある。あるが、それでもおもしろいというところになんというかエンタメの真髄をみたような思いです。とくに下町パートはほどほどに現代風へアレンジされているためか話があるていど把握できるしそれがシンプルにおもしろい。スーパーセクハラジジイこと道益とお竹の掛け合いとか小助のひょうきんさとか、間の取り方や緩急の付け方というのがふつうに漫才的なおもしろささえ伴っていてすげーなと思いました。
また前後の文脈があまりわからなくても乳母政岡がひとりの母に戻り慟哭するシーンはわからないなりに胸にくるものがあっておどろきました。泣きながら亡骸のまわりをぐるぐる回ったり、冷静に見ればちょっと小泉明郎てきな悲劇のおかしみさえ生じてしまっているわけですが、そこで笑い声が立つようなことがない。ここは泣かせの場面ですというコードが観客まで含めて共有されていて、それが知らんやつをも納得させる一種の臨場感として君臨するふしぎな場面でした。
大立ち回りに関しても腕っぷしの立つやつ……エドモンド本田みたいな相撲取りやいかにもな悪役の仁木弾正があらわれるたび歓声や拍手が沸き起こってもうこれはほとんど応援上映ですね。表現もありがたいほどにわかりやすく強キャラが扇子一本で多勢をいなしたりその上に座ってみたり、こういう今日のバトルまんがにさえ出てくるような表現ってまさか歌舞伎がルーツなのか!?なんとなく時代劇とかでうまれてそれが逆輸入されたんではないかというような気もしますが、絵としてわかりやすくまたみていてたのしくなるほどこれはハマるのにもうなずけると思うばかりです。
幕間には予約していたおべんとうも食べます。こういうのは形から入るというポリシーがあるのでこてこての折り詰めをたのんでみたらこれがおもいのほかおいしく、春らしいたけのこや菜花などがちりばめられていることもありまるでなにか豊かになったかのような錯覚をさせてくれるものでした。
あとまあこれは小さな銀河の頭がおかしいだけですが絶叫キッズがまったくいなかったのもたいへんありがたいかぎりですね。たぶん時間帯とか演目にもよるのでしょうがやっぱり単純にチケットが高いからか着物をみごとに着こなすご婦人の集団が多く、静まり返る場面ではみじろぎするのもためらわれるほどの静寂が座を包むのでたしかにこれは子連れだとしんどいだろうなと思います。逆に小さな頃から歌舞伎座通ってましたみたいなやつがまわりにいたらそいつはホンモノだなと今後見る目がかわってしまうかもしれません。
というかんじではじめての歌舞伎はおもいのほか楽しめました。たぶんここからちゃんと好きな演目を見比べるとか特定の役者をおいかけるとかはじめるとかなりたいへんだろうなとは思いますが、もう少し安いチケットで有名どころを何本かみてみるのもやぶさかではありません。
せっかくふだんこないおまちまで足を伸ばしたのでコーヒーでも飲みましょう。地図アプリを頼りにたどりついたおみせはコーヒーだけを提供するという硬派なおみせで、ジャージじゃダメかとおなかに力をこめて入ったら親切にカウンターへ案内してもらえてありがたかったです。
おうちへ帰ってからは遠征みやげのもみじまんじゅうを食べ朝飲み残したコーヒーを飲んでしばらくグッタリ、晩ごはんはおやすみ気分をもりあげるため駅前のまわるおすしやさんにいきましょう。ちょうどちょっと古いな……と感じられる J-POP が流れる店内は少し遅めの時間にしてはしっかりと混雑していて、その後もひっきりなしにあたらしいお客さんがくるので愛されておるのですねと思いました。駅前で他にこの時間までやっているおみせがなさすぎるということかもしれません。
今日はげんきドリンクをがまんしたこともあってかみょうにおいしくたくさん食べられてごく満足です。あと隣のおきゃくさんがいわしを頼んだがもうありませんよというようなやりとりをしていて、その目の前をすでににぎられたいわしが通過していったのがちょっとおもしろかったです。さすがに声をかけるのはためらわれたので黙っていましたがつぎの一周で無事気づいたでしょうか。
たっぷりおすしを食べたらひさしぶりに少し気分が上向いたので、帰り道にはコンビニに寄ってげんきドリンクを買いおさんぽがてら遠回りで帰りました。こうも気候がよいと夜にウロウロするだけでけっこう気持ちがよい、しかしついつい暗闇の中に浮かぶすみよさそうなお部屋をのぞきこみそうになって通報されないか少し不安です。あと缶を持ち歩くとあっというまに気が抜けて最後の方はいっさい炭酸を感じないげんきドリンクになってしまうのはかなしいですね。よく缶のげんきドリンクを飲みながら歩くみたいなシチュエーションがカッコいいものとして紹介されますが、どうかんがえても冷蔵庫のあるおうちで飲んだ方がおいしいだろうと思ってしまいます。
おうちへ帰ってからはひさしぶりにおにわへ出て残ったげんきドリンクを飲みました。これより前の時期は寒くてとうてい外へでる気分にならないしもう少し暑くなると今度は蚊だらけになってとうていこころおだやかには過ごせないのでこの時期限定のたのしみですね。飲み干しておへやに戻ってからはおふろへ入って、萌え萌え・ソングをガンガンかけながらためていたボルゴウを書きました。みんなはもう妄想きゅきゅんを聞いたか!?信じられないほどまっすぐなキモオタ讃歌、ありもしないことを考えていたい!←ほんとうにそうだ!聞くたびに少し泣いています。
いっぽうこういうところで肯定されてるのって結局「ちゃんとウケる」クリエイティブなやつだけで、頭の中はひとりにひとつだけの妄想でパンパンだけどそこに人をひきつける新規性のないフツーにキモいやつらには妄想エンジェルのみなさんも苦笑いなんだろうなと考えると少し落ち込みます。この曲に限らず好きなものは好きでいい!とかあなたの世界がオンリーワン!みたいな、そうだったらいいけど実際はほんとうにまったくそうじゃない。自他境界があいまいで相手がちょっとでも興味を示したとなるやいなやメカの型番とかを高速でまくしたてるやつらってどこへいけばいいんだろう。変わってるやつの変わりさに対しておもしれーやつじゃんと受容されるのとカマキリくん乙という感じでバカにされるのと、その境目はいったいどこにあるんでしょうね。好きなものは好きでよく、ただ受容や社会的価値を求めるからおかしくなるというのはそうかもしれませんけど、ほとんど多くの我々はそういうものなしにただ自分の頭の中にだけ妄想を広げられるほど強くないですよと思います。
以上です。どうもありがとうございました
