ほどほどに晴れてはいるものの日中でも気温はそれほど上がらず、それはそうとぐったりぎみで大丈夫とはいえない一日でした。

昨晩はなにをどうしたものか気づけば 2 時を回ってしまいねむりにつくころには 3 時すぎ、もちろん起きられるはずもなく 9 時半にいったん身体を起こしてはみたもののつぎに時計を見たら 10 時半でした。数年前のボルゴウを読み返すと 8 時に起きようとこころみた形跡はあって、今となってはそれさえ信じられません。

つづくくつうはどうにも魔力が練れずややぐったりぎみです。先日一掃したはずのレビュウがまたも大量に割り当てられていたのでちまちまこなしていたらすっかり魔力が切れてしまい、本筋かつ急ぎでこなすべき任務の方は手付かずのままです。もはややるべきことは明確であとは手を動かして試行錯誤するだけなのにまた先延ばしの重力圏にとらわれてしまいました。しかしこのレビュウほんとになんとかならんもんですかね、前衛の数に対して後衛が少なすぎて毎日数個チェックすることになってめちゃめちゃだるいです。無理に全部見ようとせずドシドシ通して壊れたら直すというサイクルを短めに回した方がよいのかもしれません、しかしまあそういう素通しの積み重ねが今の大破綻であると言う考え方もある。

さらに先日矢文を何往復もさせてようやく終わらせたはずの電子ごみに関しては追加でてつづきが必要らしく、あまりのだるさに大暴れしそうになりました。こういうむやみやたらに複雑で手間ばかりかかるてつづきって槍玉に上げられがちなわりになんともならんのがほんとうにふしぎです。せめてこのしくみによってなにがどれだけ守られているのかがわかればしたがおうという気にもなりますが、そういうこころみ自体を寡聞にして見かけたことがない。なによりこのしくみに対してあらがうすべがまったくないというのが非常に不快でしかたありません。

おひるには気分転換もかねておにわをパトロールします。だいじな山椒の木にはナミアゲハの幼虫こそついていませんでしたがさいきんいつみても小さめのアリがいて非常に不穏な感じです。直接食害するわけではないらしいですが近くに巣があったりアブラムシと共生したりするらしいので被害が出る前に対策を考えなくてはいけないかもしれません。昨日丸坊主に切り戻してしまったナスタチウムとビオラはぐったりしていないか心配でしたが新芽がしっかりついていたのでたぶん大丈夫でしょう。さらにこのあいだ植えたばかりのアサガオはもう発芽してくれました。うれしかったので写真おみせしますね:

今年こそ適切なタイミングで植え替えて肥料を切らさずハダニに屈せず盛夏にうつくしく咲かせたいものです。

ひるさがりにはおさんぽに行き、さいきんよく通うようになったおそばやさんで冷やし中華を食べました。おそばやさんの冷やし中華っていったいどんなものなのかとどぎまぎしながら待っていたらきざんだなるととかが乗っていてかなりあーあと思いながら食べはじめたら麺をちゃんとしたところから仕入れているっぽく妙においしかったです。しかしやっぱり冷やし中華って具が邪魔だなとというか、わかめとかの彩りに乗りがちな具がことごとくぜんぜん合っていないといつも思います。卵ときゅうりだけでじゅうぶんとさえ感じてしまいますがしかしそれではおみせで出せるものにはならないんだろうな、そうなるとおうちで作るのが最適ということになりますね。中華麺って作ったことないのでこの夏こそチャレンジしてみたいです。あとはおさかなやさんに寄って安くなっていたぶりのサクとあじの干物を買い、スーパーでナタデココ入りの杏仁豆腐というよくわからない商品も買いました。

晩は油揚げと新じゃがいものおみそしるをつくり、おさかなやさんで買ったぶりのサクはそのまま食べてもつまらないので揚げ浸しの残り汁を調味し直して煮詰めたたれでかるく漬けにして食べました。刺身の漬けって作っているときは雑菌が繁殖しまくってまずそ〜と思いますが食べてみるとおいしいのでおどろきます。

そういえばようやく裏ピクの新刊も読めました。正直前巻の終盤まるまるトランスしながらの大セックスを見せつけられたうえ言葉遊びで終わったときはこの先おれはこの物語についていけるのだろうかとやや不安でしたが、今作においてもオタク的な斜に構えた語り口ながら関係すること・社会にひらかれていくことをあきらめないやさしさのようなものは通底していてほんとうにありがとうねと思いました。以前知人からすべてが付き合うとかそういう恋愛のプロトコルに巻き取られていくのがイヤという話を聞かされて、そのときはだりーなとしか思えませんでしたがあれほど悩んでいたはずなのにその葛藤を説明することができないゆえに "やむなく" 恋愛のプロトコルにのっかった形でしか説明できないことをいやがる空魚の姿にそのひとの問題意識をようやく共有できた気がします(フィクションを通じてしか現実の問題を理解できないのわれながらなさけねーとは思いますがまあそういう人間もいるのです)。このことを怪談のもつ構造との共通点によって説明を試みているのもじつにらしくてよいですね。

さらにへらへらしてつかみどころのないベリーショートの自称魔術師(邪視も使える)というくらくらするほどおたく向けな造形だった辻さんがいつもどおり脱類型の手法……今回の場合はしっかりと裏世界の洗礼を受けて恐怖することによって肉付けされ一気にキャラクターとして魅力的になっていたのもすごかったです。こういう飄々としているキャラクターって人間同士の関係にかぎっては常に優位になってしまいそうですが、ルールが異なる裏世界においては飄々としていようがこわいものはこわいというのは恐怖に対して妙な誠実さがあるし、同時にギャップによる魅力を表現するのにも一役買っていると思います。やや穿ちすぎかもしれませんが、恋愛のプロトコルにのっとった安易な二次創作とかではこういうキャラクターを赤面させることでギャップ萌えを表現しがちというのも恋愛と恐怖の互換性に触れている今作においては構造的なおもしろさがあります。

潤巳るなさんの意外な才能が発揮される場面も非常によかったです。こういう社会的な価値と接続されないどころか通常なら見出されることさえないが没頭できてなんかうまくいくことって誰にでもありますし、その行為によって生み出される成果物だけでなく過程の姿そのものが受け入れられるコミュニティがあると安心だよね〜と思ってなんとなくしみじみしてしまいました。しかし実際できたところで社会的な困り感は解消されないし、才能と言われてもどうすりゃいいんだよみたいな葛藤をこれまた裏世界的ギミックと接続して物語的に解消する手腕ももう毎度のことながら見事というほかありません。あと小桜さん考案のその名も「カイダンクラフト」、そして「かれら」が利用する言語としての怪談の探索空間のほうを広げるというアプローチは可能性を尽くしたデータベースを作ったところで結局探索には長さぶんの時間がかかるのだからあんまり意味がないでおなじみバベルの図書館だ!と思いました。なんにせよカンケーセーてきなところは前巻でひと段落したところでしょうし、あとは裏世界まわりのギミックを説明していくのかどうか気になるばかりです。

以上です。どうもありがとうございました