すっきりと晴れていて日中はダウンがじゃまなほどのあたたかさで、微妙に睡眠不足ながらおおむね活動的にすごせたおやすみでした。
昨晩はせっかくのチャンスをのがすまいと 23 時ごろボルゴウをかきあげたらすぐ魔法薬を追加しておふとんへはいったもののやっぱり寝付けない、くたびれきっているはずの出先でねむれないのはほんとうに不思議です。しかたがないので魔法薬を追加してなんとか 0 時ごろには寝ついたと思ったら今度は 3 時半ごろ目が覚めてしまい、どうしてこういうことになるんだ!!!翌朝の寝覚めはあきらめてさらに魔法薬を追加して寝直し、結局寝たんだか寝てないんだかよくわからないまま 7 時ごろに起きます。まあたらしいシーツにくるまれ見慣れない天井を眺めているときはいつも旅行をめいっぱい満喫するためにはすぐねむれるという才能が必須であると思います。
なんとか起きてからはとりあえずおふろに入ってむりやり目を覚まします。時間がよかったのか近隣にもっとよい温泉施設があるのか、やっぱり今日も空いていておおあばれキッズもおらずごく快適でした。あとからしらべてみたら片道 15 分くらいに銭湯があったっぽいので昨日はそちらに行けばよかったかもしれません。おへやにもどったらみづくろいをして朝ごはんも宿で食べました。大広間にならべられたテーブルのうえにこまごましたお惣菜と固形燃料で焼くおさかながある超古典的なあさごはんでもはや旅情さえありました。とくに今回は味の濃いおかずがほとんどなく品数も控えめだったので朝でも無理なくたべられて、メインのいわしの開きも脂がきついかなと思っていたら意外とよい香りであっさり食べられてごはんもおかわりしてしまいました。それはそうとこういう朝ごはんって漬物とか納豆みたいなごはんのおともの分量がごはんそのものにたいして多すぎないかといつも思います。
食後はコーヒーをのみながらしばらくぐったりしつつ荷をまとめ、9 時半ごろには宿を出ました。直前にあわててとったにしてはほんとうによい宿でした、まだインバウンドのひとびとに見つかりきっていないっぽいのもよかったのかもしれません。あとまったく余談ですが肩紐の細いちゃちなリュックに iPad と PC を詰め込んできたのはほんとうに失敗でした。カバン全体が重いものをいれるつくりになっていないので肩紐がくいこんでしかたないし歩くたびにキシキシいうし背負うのも一苦労です。
徳島駅の路線バスと高速バスが入り乱れ十数個ある乗り場からなんとか目的の乗り場を見つけて乗り込んだバスに揺られること 30 分ほど、左右を田畑やいつからあるのかわからないような看板に囲まれた道路と歩道の境目が曖昧なやや荒れぎみの道にすごく見覚えがある、というかこれってかなり根白石じゃない!?と思っているうちに今回の目的である徳島県立近代美術館のある徳島文化の森記念公園へ到着です。広大な土地に図書館や博物館・大きめの公園まで併設されたかなりいいかんじの場所で、こういう郊外にいきなりあらわれる文化の砦みたいな施設を見るたび 21 世紀ッと思いますし、実際あと 80 年くらいはまちがいではないので安心です。
なにせいろいろあるのでどこから見るか迷いますがともかくまずはほんらいの目的である美術館へ、一階にギャラリーがあったので暖機運転がてらのぞいてみます。徳島在住の作家によるダイナミックにのたうつアクリル絵の具のあいまにスピログラフとおぼしき幾何学模様や着物のハギレかなにかのコラージュもうまく混ぜられた抽象度高めな作品で、テイストは同じながら椅子やおはななどのより具体的なモチーフをえがいているものもあったのがおもしろかったです。正直なところ画面からではこの絵画がどのように作られたのかほとんど想像もできないのですが、ちゃんとやっているひとが見れば手順がある程度はわかるものなのでしょうか。
つぎは 2 階にのぼり、今回の目的である所蔵作品展「"Z" とよばれる世代」をみます。いぜん病院の待合室でホゲーとテレビを見ていたときに紹介されていたのを見てなんとなく気になっていたもので、しばしば Z 世代などと呼ばれる現代をあらためて所蔵作品から解釈し直すような内容です。この時代はおっさんのだるい世代論ばかりがめだちちゃんとした批評というのが埋もれている気がしていて、ここにまっこうから取り組むというのを所蔵作品でやるのはなんとなくすごいなという気がしますがいかがでしょうか、めちゃくちゃよくあることだし批評もされまくっているがということでしたらすみません。あとフツーに企画の趣旨を勘違いしており同世代の絵がみられると思っていたら世界的に有名な作家が目白押しでした。
まずはこの時代をおさらいする年表、いろいろあったな〜という気持ちにさせられますがよく考えたら年表って書き手の恣意でもっていくらでも情報を増やせるのでいつの時代もいろいろあるしあんまり意味はないかもしれません。どうでもいいことですが PS2 までは発売年が書かれていたのに以降はなくなっていたのがちょっとかなしかったです。
展示は大きく 2 つに分かれていてまずは「少し前に起きたこと」、各国の大きめな事件を反映した作品が集められており通時性の視点が反映されていると言ってよいでしょう。たとえば天安門事件直後くらいに画壇デビューしたらしいファン・リジュンの「1996 No.9」、複雑な青で表現された水の中に貼り付いたような笑顔でたたずむひとびとの赤い顔というのはビジュアルてきにもインパクト抜群だし今回のテーマにもぴったりでとっかかりやすい感じがします。アルフレッド・ジャー「シックス・セカンズ」は壁に設置された大小二つのライトボックスのうち大きい方にはルワンダの難民キャンプで撮影されたらしい少女のポートレート、もう一方には "It is difficult" という文字だけが浮かび上がる展示です。あとから作品紹介を読んだところポイントは少女の着ているワンピースの背ファスナーが上がりきっていないところらしい。西洋人によるインスタレーション形式で黒人少女の写真、そして "It is difficult" ときた時点でおそらく難民関連やそうでなくとも貧困にあえぐひとびとをとらえたものであろう、というところで考えを止めてしまいましたが、そこに格好の情報が加わるだけで一気に奥行きが増すしやっぱりぜんぜんちゃんと画面見てねーじゃんと反省しました。あとはマグダレーナ・アヴァカノヴィッチ「12 体の立像(群衆シリーズ)」、布を樹脂でかためたギプスのような素材で型取りされた頭のない人体?が 12 体並んでいて、それが人型というだけでなんともただある以上の存在感がある気がします。布の素材感があらあらしいのもそれに一役買っているのかもしれません。まったくヘンな話ですが家に置いてあったらめちゃくちゃうれしいだろうなと思います
つぎは「自分らしさとは」、こんどは自画像などのアイデンティティにかかわる問いを投げかけてくるような作品が多く、Z 世代論でよく登場する個人主義てきな話に対する一種のアンサーでしょうか。今村源「わたしにキク」はタイトル見て咄嗟に「僕も!!!!」と思ってしまいかなりなさけなかったですが、針金で作られた繊細な人体模型の頭頂部からさらに長く針金が伸び上がっているような造形で天啓のようにも菌糸を伸ばしているようにもみえる。全身にはりめぐらされた神経のようにもみることができるし、立像もそうでしたがおおまかに人型というだけでこんなにも存在感と想像がふくらむものかとおもいます。太郎千恵蔵「232-B」から「333-B」までの 9 作品はすべてモーター付き台車に針金で作った骨組みをのせ幼児サイズのフリフリなお洋服が着せられていて、ほんとうはうごくらしい(参考)が動いているところがみられなかったのはすこしざんねんです。あと中の骨組みが完全にねじりっこであんまり作品関係ないところに親近感を抱いてしまいました。
さらに小さいながら徳島ゆかりの美術を紹介するエリアもあり、とくに真っ青の地に白の図形で阿波おどりの様子を抽象化してみせた川島猛「阿波おどり」にはサインとかピクトグラムてきなおもしろさと幾何学モチーフの緊張感が同居していてきもちいいですし、河野太郎「港の風景(仮称)」は技法があきらかに西洋絵画のそれで場面も一見ヨーロッパの船着場なのによく見るとやっぱり日本の港町というところに意地をかんじさせてこのみでした。せっかくなら地元の作家をもっとたくさん見せてくれ〜と思うが、それで人来るかと言われればもちろん NO みたいなむずかしさはきっとあるのだろうと想像します。そもそも美術館って人が来ればよいのかというのも知らんな、世の中には知らないことがたくさんあります
最後は現代版画、どうやら期間を区切って線・面それぞれ 2 回ずつやっているらしく、今回は最終回にあたる面の表現 2 でした。超有名らしいので言うまでもないですが中林忠良の作品はすごいですね。腐食のランダムさを取り入れつつも銅版画特有の硬質さも融和していて単純に明暗のトーンとしてカッコいい。一原有徳は手法のためなのかすさまじい立体感で蓮コラみたいになっている作品もありましたがやっぱり目を惹く、パターンがまるで顕微鏡で拡大した物体の表面のようにみえてくるのもおもしろく、冒頭の言にあったとおりまんまと銅版画という技法の奥深さに興味をもってしまいました。
展示場同士をつなぐ廊下からは中庭の屋外展示場にも出ることができて、ここはくらくらするほどすばらしかったです。ぴかぴかのあおぞらから降り注ぐ春の日差しによって天井に設けられたコンクリートの梁が地面に格子状の影を落とすなかにはイサム・ノグチ「オドリコ」やリン・チャドウィック「腰をかける人」といった存在感がありつつもユーモラスな彫像が置かれ、そしてなによりひとがだれもいない!!!!ここにはシャッター音を響かせまくるおばちゃんも天地がひっくり返るほど騒ぐキッズもここにはいない、ここには!!!!!ひとがいないことが美術館にとってよいことなのかは……どうなんでしょうね、おやすみの間とはいえ年度末の平日朝というタイミングがよかっただけかもしれません。なんにせよこのおにわにこられただけでもきたかいがありました。
という感じで大塚国際美術館にくらべるとだいぶこじんまりしていてじっくりながめても 1 時間程度の規模ではありますが、どの展示もかなりたのしめましたし正直集中して見るならこれくらいがちょうどいいなとさえ思ってしまいます。入館料がたった 200 円なのもおどろきとともにいろいろな苦労をしのんでしまいました。どうでもよいことですが大塚国際美術館が新美に続き国内第二位の来館者数を誇るらしいのもなんとなくおおあばれしたい気持ちになりますね。みんなでワイワイ"アート"するなら大塚、ひとりでねちょねちょカルチャーさんやるなら徳島近代美術館ということなのかもしれません。
つぎは隣接している博物館の特設展示?らしい「鳥居龍蔵が記録した台湾」もみます。恥ずかしながらまったく知らなかったのですがこの鳥居龍蔵というひとは高等教育を受けないままに北海道・沖縄から東アジア、ロシアにいたるまでさまざまな場所でフィールドワークを行い緻密な記録を残した人類学・民族学・考古学の研究者で、徳島市と鳴門市の両方から名誉市民賞を受けているような地元では愛されている偉人らしい。展示では彼が収集したさまざまな物品や日本にはなかった手法であるフィールドワーク中に撮影した写真などが地域ごとに展示されており、その膨大さとすべてがきちんと記録・整理されている博物学の偉大さにあらためて感服しました。後半は龍蔵のひととなりや半生にせまる展示もあり、見ていて真っ先に思うのは体力と度胸がありすぎる。馬移動で広大な大陸をあてどもなくうろつきながら少数民族の話を聞きまくるついでにドルメンを見つけるみたいな、いつ命を落としてもおかしくない状況を何回もサバイブしているのだからそれだけでも驚嘆に値します。さらにその旅には一枚 80g あるらしい乾版を何十枚も携行していたのだろうから超人的な体力というほかありません。このあたりの物語はさすがに展示ではほとんど触れられておらず、自伝とか読めば多少はわかるでしょうか。
さらに途中からは妻子も連れて中国やモンゴルを飛び回っていたらしく、それは妻子もけっこうすごいんじゃないか?と思っていたら苦学生だった龍蔵を「博士にしてみせます」とまで宣言するかなり豪胆なひとでした。わりと想像を絶する苦労がありそうですがそのへんのドラマにはほとんど触れられておらず、博物館の展示としてはそれくらいがちょうどよいような気もします。最後には龍蔵の弟子が龍蔵と一緒に風呂へ入ったらシルクハットを被ったままだったというほっこりエピソードも紹介されていて、小学校になじめなかったというエピソードも含めて発達にかなり味があるひとだったのかもなと思いました。しかし正規の高等教育を受けない在野の研究者でありながらここまで体系だっているらしい成果を残せるというのはほんとうにふしぎな感じがしますね。オリジナルの真実ではなく学問になるのは分野によるものか時代によるものか、あるいはたまたまそういう幸運にあったひとがこうしていまもピックアップされているだけなのでしょうか。いちおう勝手に家庭教師として当時のエリートには師事したそうで基本的な教養は申し分なかったのだろうし、はやい段階でアカデミアとつながるというのもけっこうだいじなのかもしれません。
あと東京大学のデジタルアーカイブに残されていた龍蔵の調査によるものとおぼしき出自不明の写真についても最近調査が行われついに由来が確定された、というようなことも紹介されていてそんなことがあるんだというのがまずおどろきでした。大量の史料には出自不明のものがけっこうあるのだろうことはとうぜん想像がつきますが、それが長い間オンラインで公開されていたというのはエピソードとしてけっこうおもしろい気がします、もずっとデジタルアーカイブを眺めている在野の研究者が発見したりしたのでしょうか。最後の部屋には関連する書籍も置いてあって、中でも鳥居龍蔵の生涯について名誉市民となるまでの騒動まで詳細に書かれた本がかなりおもしろかったんですがなんとタイトルを記録することを失念しておりました。オレンジ色の表紙で新書サイズだったような、しかし記念館出版のものだったのでもしかしたらいまから入手する方法がないのかもしれません。それはそれでまた行く理由ができてよいですね。
展示を見終えたのが 12 時すぎ、まだ帰りのバスまでには時間があるので外の公園も見てまわります。広大な広場の端のほうでベンチに腰掛け本を読んだりするひとやボール遊びに興じる家族が数組いる程度、あまりにゆるされた空気が支配していて脳がシュワワ〜となってしまいました。ここからは写真もおみせしますね:
1 階から出たところにある大きな野外劇場、すだちくん森のシアターという名前らしい。いまは何もありませんが夜にはすだちですだちを洗う戦いが繰り広げられているのかもしれません、いないかもしれません。みなさんはいかがお考えでしょうか。意外と長い階段をひたすら登っていくと大きな広場に出て、どうやらギャングエイジにぴったりの場所もあるようです:
ざんねんながら今はとまっているようですがけっこう本格的な水路や噴水もあるらしく、その経路はソリッドな造形物で彩られていてめちゃくちゃ見応えがあります:
こういう文化の砦にはぜったいある抽象的なモニュメントもたくさんありました:
広場のはしっこには 1950 年代まで使われていたらしい任網船という漁船も飾られています:
しかしなにせ場所が場所なので過去に色々あったのでしょう、「監視カメラ作動中!」「この建物にボールをぶつけないでください!」「ねこのえさをおかないでください!!!」あらゆる種類の張り紙がされていて苦労が偲ばれます。しかしみんながつどう公園に史料をそのまま展示しておくこと自体けっこうむずかしそうではあります
ややリミナルな蛇口もありました。
対称性もありました。対称性ッ(^-^)
てっぺんまで登ったらすっかり暑くなってしまいダウンが邪魔ですが、だんだん時間がなくなってきたので今度は駆け降ります。どうやら公園全体で野良?ねこを管理しているらしく、帰りの道中ではいたるところにねこがぱらついていたのもよかったです。なにせ人懐っこくあらゆる動物にきらわれるこの小さな銀河にも擦り寄ってきてころがりまくりの大サービス、写真もとらせてもらえました:
ニャワウ〜ゥ ワヤウニャニャワ〜 ウニャウヮゥワ〜(訳:その爪でころしてください)
おひるは建物の中にあるレストランでカレーライスとフルーツロールをたべます。こういう施設らしくしっかりと地域のご老人がたむろしており、しかし話題が映画教皇選挙だったりするのでさすがだぜと思いました。カレーはおなかがすいていたこともあってかみょうにおいしかったです、こういうあんまり凝っていないカレーが好きすぎるだけかもしれません。だんだんバスの時間も近づいてきたので博物館はあきらめ、あとはミュージアムショップを覗いたり近くにある猫の神社(猫の神社!?)を散策したりして時間を潰しました。ミュージアムショップには今回みた収蔵作品のポストカードとかがあるかと期待していたらどこでも買えるような有名な西洋画家のものしかなかったのはすこし肩透かしです。ポストカードをかわいがるわれわれていどにはルノワールやフェルメールがお似合いというのはそうかもしれません。
という感じで想像の何倍もよい場所でした、時間がなくて博物館まで回れなかったのがざんねんでしかたない。よいことかはともかくひとがぜんぜんいないタイミングだったのにもうしろぐらいよろこびがありました。今回は工事中でしたがほんらいは図書館もあるはずなのでほんとうに一日でもラクラク過ごせますね。唯一の欠点は交通手段がバスしかないうえそれがほんとうにややこしいという点くらいでしょうか、しかしまあよく考えたらレンタカー借りればもっとラクですね。免許持ってるのに運転ニガテすぎて発想すらありませんでしたが、こういうやつが公道に出ないのは公共の福祉にかなうものであると信じております。帰りのバスもやっぱりむずかしくて、定刻より少し前に一台きたのでねんのため運転手さんに確認したら遠回りで徳島駅に着く便らしい。そのあとすぐに徳島駅ゆきの便もきたのでかなりあぶないところでした。
徳島駅に戻ってからはバスまでにすこし時間があったので駅ビルに行ってみます。ヴィレッジヴァンガードやゲームセンターのあるフロアに若者がたむろする光景はやっぱり見覚えがあって、ていうか南口の bivi じゃない!?地方都市とはこうも色が似てくるのかと感銘を受けるばかりです。もはや居場所はなさそうだったのであやしまれないようそそくさと退散し、地下のおみやげコーナーでひとにあげるための和三盆とゼロワンみたいな名前のエナジードリンクを買いました。大谷焼のお皿を買うかどうか悩んでいるうちにバスの時間がきたのでやっぱりむずかしい乗り場からなんとか目当ての便に乗り込んで、ふたたびバスに揺られること 40 分ほどでようやく空港に到着です。バスは一本逃すと 1 時間くらい遅れてしまうので旅程にかなり緊張感が出ますね。
はやく着きすぎてしまったので空港ではそういえばたべそびれていた徳島ラーメンというものもたべてみます。券売機にお金を入れたら押した覚えのない酎ハイの券が出てきて、しっかりお金もとられてしまったので飲んでしまおうかかなり迷いましたが強い気持ちで無視してラーメンだけたのみました。空港で食べるご当地ラーメンというのがどのくらいの精度なのかはよく知りませんがギリギリしんどくならないくらいの味の濃さでけっこうおいしく、これなら昨晩食べておけばよかったかもしれません。空港には萌えキャラもいました:
萌えキャラがもはや原点とは関係なく地元に根付いていく様子を見るのは言うまでもなくありがたいものです。
あとはすこしおみやげやさんを見てげんきドリンクのあてになりそうなものを選んでいるうちによい時間となったので手荷物検査をして飛行機に乗り込みました。ちょうど日暮れの時間で地平線にゆめかわなグラデーションができていたのがよかったいっぽう空港が混雑していたらしく、出発も遅延したし着陸先でもターミナルからだいぶ離れた場所からバスに乗らされたりしたので予定よりだいぶ時間がかかってしまいすっかりヘトヘトだし全身がくさいです。帰りのモノレールで夜景をグッタリ眺めていたら大きな橋がエロい色に輝いていて夢かと思いました。
帰ってからはおふろをためつつ荷解きをして、入浴がてらおふろばのおそうじをすませてから晩は買ってきたおつまみ類でげんきドリンクを飲みました。辛口の酒盗というやつを食べてみたらむろんおいしいはおいしいのですが岩塩をなめたかのようなしょっぱさで、これをアテに飲んでいたら腎臓と肝臓がいっぺんにぶっ壊れるのではないかとも思います。いつのものかわからないだし汁でひっぱりうどんを作ったりしつつだらだら飲んでいたらすっかり遅くなってしまいました。
以上です。どうもありがとうございました