あいかわらず梅雨が明けたのかと錯覚するような好天でちょっと歩くと汗がぼたぼた垂れるほど暑く、ひさしぶりのおでかけでくたびれたおやすみでした。
昨晩はねむりへむけた手順こそ手早く終えることができたものの二日分のボルゴウをかいたりオタク・ドロウイングにはげんだりしているうちに時間はどんどんすぎてゆきお布団へ入ったのは 1 時過ぎ、もちろんすぐに寝付けるはずもなく就寝は 3 時です。なにをどうしたら 1 時に寝付くことができるのか、まずはげんきドリンクを絶ってボルゴウをやめるのがスタートラインなら……それはちょっとむずかしいかもしれません。おでかけにそなえて 9 時には起きようと思っていたのにぐだぐだ二度寝していたらあっというまに 10 時をまわってしまいました。
起きたら大あわてでシャワーをあびてみづくろい、ちいちゃなパンを口に押し込んでつめたい紅茶を飲んだらおでかけです。今日はそれなりに急いだつもりだったのですがそれでも身づくろいに 40 分くらいかかるしやっぱり身づくろいってほんとうにだるいばかりで意味がない。このまま気温上昇がすすみ外出時は空調服とかで全身をおおうのが基本になったらいちいち身づくろいする必要もなくなるのでしょうか、などと夢想してしまいますがビールスのときでさえみんな隙あらばマスクをはずそうとしていたし結局いつまでたっても顔は出しっぱなしなのかもしれません。一刻も早く肉体から解放されたいとの気持ちは強まるばかりです。外はもうすっかり暑く、おうちから駅までのごく短い道のりでさえしっかり汗をかいてしまいました。
ともかく最寄り駅から電車に乗ったら西日暮里で千代田線に乗り換えて、今日の目的地である国立新美術館へ向かいます。まったくなさけないはなしであるが国立新美術館ってすべてが気に食わない、いつ行ってもなんらかのサブカルチャーに従事してそうな学生や休日はミニシアターで粘ったりしていそうなカップル、精神にもたくわえにも余裕がありそうな子連れの夫婦とかでギュウギュウでこの場所にわたくしの座れる場所はありませんね!!!!!!と思ってしまいます。お手本のようなルサンチマンでしかないしこういう展示を展示内容以外で心動かさず見に行けるようになりたいと思ってはいるのですがどうにもニガテ意識はぬぐえません。
ともかくここまできてしまった以上しかたがないのでおもしろいと聞いて行こう行こうと思っているうちにいつのまにか会期ギリギリになっていた「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」をみます。表題の時代に世界各地で作られた実験的なモダン建築を建築模型や写真、映像などのさまざまな角度から紹介する内容はおもしろかったいっぽう、順路を排して素材・窓・キッチンといった 7 種の観点に着目した島を作ることで横断的な視点を提供するという展示会としての体験はかなりニガテ寄りのものでした。とくに紹介映像は長さも内容も音量も言語までもバラバラなものが脈絡なく置かれているだけなので全部見るのはかなり苦痛だし、最後の週末だけあってかしっかり混雑していてひとが滞留するためせっかくいろいろな角度で眺められるはずの建築模型も落ち着いて見られずひどくくたびれてしまいました。島ごとにかなり熱意の濃淡があっていちばんおもしろそうな衛生とかの話はほとんどしないいっぽう住居と周辺の自然との調和をめざす試みみたいなところが長いわりにつまらなかったりするのもざんねんです。こういう展示は当初の指示どおりひとの間をたゆたいながら気になったところだけつまみ食いするのがいちばん体験としてよくなるのでしょうが、なにか情報があったら隅から隅まで確認しないと気がすまない性分だと人間ニンゲン乱雑さ!!!!キャーーーーーとなってしまいます。あと建築模型は撮影可能だったのでみんな真剣に写真を撮っていて、そこでまた人流がよどむのでその写真をいったいなにに使うのかねと思ってしまいました。建築系の学生とかが制作の参考にしていますとかだったらごめんなさいでしたというほかありません
とくにきつかったのがシャローによるガラス壁が特徴的なメゾン・ド・ヴェールを紹介する映像、四方にディスプレイが設置された空間の床に置かれた間取り図に横一直線のレーザーが投影されていて、そのレーザーが行ったり来たりすることでディスプレイ上にレーザーの位置に対応した断面が表示され、部屋にあたると使い方に関する解説動画みたいなのもはさまるというしくみは最初こそおもしろかったのですがなんと 17 分もある。解説動画の内容もくたびれた表情の女性が開けっぱなしにしたドアや窓をおなじくくたびれた表情の男性が閉めたりするちょっとユーモラスなやりとりていどのもので、尺に対して得られるおもしろさが見合ってなさすぎる!!!と腹が立ってしまいました。男性のほうが回転式の収納とかをノリノリで提案したはよいが女性のほうにぜんぜんハマっていないどころかまったく使いづらいばかりという怒りさえあるのかも、みたいな物語を想像してしまうつくりになっているのもよけいにくたびれます。
またふだん建築に関する展示をほとんど見ないこともあってめちゃくちゃ素朴で初歩的な疑問もたくさんわいてきて、なかでもこういうところで高らかに語られているコンセプトがほとんどの建築物を埋め尽くす庶民に降りてくるまでにどのような過程を経るのかはかなり気になりました。システムキッチンひとつとってもその先駆けとされるリホツキーのフランクフルト・キッチンが 1927 年だそうですから(今日においてもまだまだ高級であるとはいえ)庶民の感覚に降りてくるまで 100 年ちかくかかっているわけで、庶民だ大衆だという主張がどうにも地に足のついたものとは思えない。じつのところ今日の住居はこういった実験的な建築がのこした考え方によってずいぶん改善されているのだというのはなんとなく想像するけれども、やっぱり感覚の断絶みたいなものは終始ぬぐえませんでした。鋼管製でさびまくる重たい椅子をいったいだれが買うんだ?ひとびとの会話に耳をすませていると「毎日ここでくらすのはしんどいかも」とか「この食卓でサッポロラーメン食べたらどうなるんだろう」みたいな疑問を口にしているひともけっこういて、はずかしながらこの小さな銀河もそのように思ってしまいました。なまじ住居というかたちをとっているためにわれわれも日々のくらしの感覚を敷衍した考え方をとってしまいそうになるがそれじたいが間違い、とは言わないまでにしてもちょっとズレているのかもしれません。これが画家のアトリエならどのような形態であってもまったく気にもとめない……そもそもじぶんに縁のあるものだと思って見ないわけですし、住居がよく日々のくらしに接近しているからこそ生まれるすれ違いだという気もします。こういう展示の見方って建築学科とか行くと学部のころに基礎としてみっちり教わるのかもしれませんが、機会をのがすとそういった基本にどうアプローチすればよいかさえよくわからないままなのがかなしいですね。
類似の疑問として全体的に技術の進歩を考慮しておらず、この先とうぜん起こりうる変更にたいしてまったくロバストでないようにみえるのもふしぎです。現代の建築においても電話置き場とかインターネットコーナーみたいな時代の徒花みたいな空間はたくさんあるわけで、今後もそういう破壊的なテクノロジーがガンガン出てくる(すごく安易な想像をするなら VR 用にトラッカーを置くだけのなんもない円形のエリアが必要になるとか)ことは想像がつくだろうに今日においてもなお専用スペースを作ってエアコンや冷蔵庫をぴったりおさめようとするのはいったいなぜなのか。コンセプチュアルな住宅にそういう考え方まで求めること自体が間違っているだけという気もしますが、それでもコンセプトを量産できる現実のしくみに落とし込んで運用まで面倒を見るのが工学の仕事じゃない?こういう現実との折衝をやるのは現場の仕事なんで設計時点では考えませんみたいな話だとしたらそれはちょっとムッとなるし、逆にこういう問題?に取り組んでより汎用的なつくりをめざす考え方もあるのだろうと思うとがぜんきょうみがわきますね。すまいのモジュール化という観点では紹介されていた菊竹清訓のスカイハウスとかメタボリズムの考え方が近い気もしますが、あんまりそれが今日の住宅に反映されてはいないようには感じます。じつはユニットバスとかがそのものズバリなのかもしれません。
あとあんまり展示の内容には関係ないですが、こういう建築デザイナーのひとがフィギュアをいっぱい並べるタイプのおたくの部屋を設計するとどうなるのかはなによりも気になりました。今回紹介されていた住宅に限らずデザイナーによる建築って基本的に利用者のリテラシーが高い:質のよい民芸品を眺めたりなにもない空間に美を見出したりする精神的に豊かなひとびとを想定しているようにみえて、その真逆ともいえる消費社会のうんだかなしき存在、たくさんのものというか具体的には美少女フィギュアと S.H.フィギュアーツを整然と並べたがるコレクター気質のおたくにたいしてはどのようにアプローチするのでしょうか。そこまで踏み込んでヘンなたとえをしなくても、膨大な蔵書をいつでも良好な保存状態でアクセス可能にするというようなアーカイブに近い機能を住居と同時に実現するのって意外とたいへんなんじゃないか、典型的な例である図書館よりもっとくらしに接近させることができるのか?
というようなことを考えながら展示をみていたらサーリネン、ジラード、カイリーによるミラー邸にかなり近いものを感じてけっこう興奮してしまいました。とくにテーブルを埋め尽くすガラスの工芸品、これはかなりアーツを眺めるおたくの心理に近い気がする。この住居のデザインで中心的な役割を果たしたのがハーマンミラーのテキスタイルでも知られるらしいジラードで、しらべてみるとかなりの蒐集癖があったらしい。こういう頭の中でぐるぐる考えていたことがたまたま展示とつながっちゃった瞬間ってほんとうにきもちがよいが偶然でしかないしそこに快楽を見出すのは「門」を開くきっかけになってしまってあんまりよくない気がします。そのほか紹介されていたピエール・コーニッグのケース・スタディ・ハウスやバウハウスの展示のような実験的側面をもつ住宅を実際につかってもらうケースって日本でもやっているのだろうかとか疑問はつきません、つきませんしそれを解消する術もとくにありません。今日見た展示からしらべていけば多少は体系的な基礎知識をまなぶことができるでしょうか。
混雑していたこともあってメインの展示を見終えるころには 2 時間以上経過していてクタクタだったのでカフェスペースで休憩します。かすかな記憶だとここでサンドイッチのような軽食が食べられたような気がしたのでレジに並んでみたらタイミングの問題なのかケーキしかなく、しかたがないのでりんごのタルトを注文しました。並ぶ前にパンフレットを置いて席を確保したつもりだったのですが少し大きめのテーブルだったためか戻ってみたらとうぜんのようにひとが座っていて、席をさがしなおすのもめんどうだったので相席ということにしてそのまま食べました。タルトはおいしかった気がしますが途中でさらにひとが合流してきていきなりアメリカ語で質問されたりしたのであんまり味がしなかったです。
食後は館内をひとまわりしてから 2 階の観覧無料エリアにも行きます。ひとつめはローエによる未完のプロジェクトがクラウドファンディングを経て原寸大で再現されたコーナー、建物こそスチロール板で最低限のレイアウトがなされただけですが、今日の展示で紹介されていたものも含めた種々のモダン家具が置かれていて実際に座ることさえできる!はずかしながら結局このコーナーがいちばんよかったです。コンセプトや哲学もいいけどやっぱり家具は使ってこそですよねなどと大上段でかまえてはみつつも、このうれしさはたんに科学館で押せるボタンは全部押したいという幼稚な欲求が満たされたからではないかという気もします。どの家具も個性的ではあるもののつくりや使い心地からなんともいえない余裕が感じられて、こんなカウチに沈み込んでエニメみたりしたらさぞやきもちがよいでしょうなと思いました。
ふたつめはこれまで紹介されてきたようなモダンデザインを現代にうけついださまざまなブランドによる製品の展示コーナー、こちらもとうぜんのように触り放題座り放題だったので触れるものはぜんぶ触ってしまいました。製品にはオンラインストアへの QR コードが貼られていたのでためしにおもちゃみたいなかわいらしいスツールをみてみると 8 まんえん、おもちゃみたいなかわいらしいスツールが 8 まんえんするのですね と思いました。これ単体ならともかくスツールがあったらローテーブルがほしい、ローテーブルだとやっぱり素敵なラグもほしくなる……どんどんくらしの水準をあげていくと結局 100 まんえんのダイニングテーブルとかの購入を検討するはめになるのだろうし、そこまでいくとこんどは家の風格が問われることになってやっぱりたいへんそうです。あとまわりにひとがいるのにでかいソファに腰掛けて 10 分以上談笑している有閑マダムっぽいひとびともいて、こういう高級家具に一生縁のないくらしであってほしいと強く念じてしまいました。自宅の椅子と同じ座り心地なのでついついリラックスしてしまったとかの理由だったらなおゆるせません。あとはミュージアムショップをひやかして、吊り下げるプリズムというのが売っていたので思わず買ってしまいました。庶民にとってはこういうどうでもいい買い物でちまちま散財しないことがよい家具を手にいれる最善の方法であるとはわかっていつつも……
帰り道にはひさしぶりに千駄木で降りて、商店街からすこしはずれたところにあるハンバーガーやさんでおそめのおひるを食べました。へんな時間だったのでいまやってないよ!!みたいなことを強く言われてシュンとするはめになるのではないかとドギマギしていたら店員さんが愛想よく案内してくれてほんとうにありがたかったです。お客さんがだれもいなかったしちょうど余裕のあるタイミングだったのかもしれません。とりあえずベーシックなハンバーガーを頼んだらよく焼かれたバンズにたっぷりの牛肉、見栄え重視でたっぷりの野菜が挟まるでもなく散らされて挟むのにも難儀するようなボリュームで食べづらいことをのぞけば完全に食べたい味そのものでした。つめたい紅茶が飲み放題というのもめずらしくてよかったです。あとはコーヒーやさんでたっぷりコーヒー豆を買い、商店街をひやかしてから帰りました。
帰るころにはだいぶ日差しも弱まっていたのでおにわにでて、鉢植えに水をやりました。雑草もずいぶん伸びてしまったしそろそろ本腰をいれてきれいにしなくてはと思いながら眺めていたらいつのまにか見覚えのある葉がしげっています。シソっぽい形だがシソではないクワクサかなと葉をちぎって匂いをかいでみると……おどろくべきことにシソのにおいがする!どうやら昨夏そだてていたシソのこぼれ種が今年になってすくすくそだっていたようです。よくみるとあちこちに生えているし葉は軒並み穴だらけ、じっくり観察するとシソ科を育てるときの悩みの種であるベニフキノメイガの幼虫もしっかりついておりました。せっかくここまで育ったからにはいくらか株をとりわけて育ててみたい気持ちもありますが、野生化すると食味が劣るという話も聞くしこのまま自然に任せておくのがよいような気もします。あんがいこちらに害虫を誘引しておけば本命のバジルなどをキレイにそだてたりできるのでしょうか。
あとは買ってきたプリズムをながめたりすみよいくらしを妄想しながら家具の通販サイトをながめたりしているうちに時間はすぎてゆきたのしいおやすみももうおわりです。おひるが重たかったので晩は生のおそばをゆでてたっぷりの薬味と一緒に食べ、しかしそれだけではものたりなかったのでごはんをあたためてふきの煮物やお漬物を食べたりもしました。おそばってほんとうにおいしいし消化器的にも安心だがとにかくおなかの座りが悪い、ごはんをたらふく食べる以外にこのものたりなさを満たすすべはいまだみつかっておりません。食後に味が落ちないうちに食べ切ろうと残っていたメロン 3/4 玉を食べたら最後の方は一口目ほどの感動がなくややおしこむような感じで食べることになってしまいちょっともったいなかったかもしれません。果糖の威力なのかたべたあとに襲ってくるねむけもすさまじかったです。
さいごはめあてのふりかえりです。先週のめあては:
- どっかいく:いきました。ほんとうになさけないことですがどっかいくたびにああ〜音光人乱雑さ!!!(;o;)(;o;)というのでヘトヘトにくたびれてしまいます。めげずに外出しつづけていればいつか慣れる日もくるのでしょうか。
今週のめあては:
- カワイイ・ダッシュボードメンテする:いいかげん魔道士としての腕を磨かないとという焦りが出てきたのでとりあえずすぐできそうなところから着手しようと思います。こんなことをいくらやっても……
以上です。どうもありがとうございました